
物を減らし、行動を減らすことによって、増えるものは確実にあります。
行きたかった場所。
やりたかったこと。
なりたかった自分。
本当の自分に出会うためには、シンプルになることです。
捨てて、減らすことによって、そこから確実に何かが生み出されます。
全ては最初からあったこと。
武装していただけで何も変わってはいなかったこと。
ありのままの自分で生きることは、簡単なことなのかもしれません。
大切なことを見失わないために
なんのためにそれが必要なのか。
一体何を追い求めているのか。
自分が認められたいためだけに、時間を惜しんで努力を重ね、人のためだと言いながらも、頑張っている自分に酔いしれる。
そういった時間を積み重ねているうちに、大切なことを見失ってしまってはいないだろうか。
何のために働き、なんのために生きているのか。
そんなにそれは大事なことで、沢山持っている必要があるのだろうか。
大切なことは、いつも最初からここにあるはず。
手段が目的となる人生にならないよう、後悔しない生き方をしなければいけないのではないでしょうか。
全ては限りあるもの
人生は時間でできていて、時間は命そのもの。
幸せを先延ばしにし、わざわざ苦行を重ねていく。
そんなことをやっているうちに、人生はあっという間に終わってしまうのではないでしょうか。
明日目が覚めるとは限らない。
今日、その道を曲がった先で命を落とすかもしれない。
一時間後に、全てが終わるかもしれない。
そのことに知って、始めて今という瞬間に生きることができ、全てに感謝することができる。
限りある命をどう使うのか。
それは、私利私欲に任せて生きることではなく、いかに精いっぱい生き切るかということ。
残された時間は、今この瞬間もカウントダウンされている。
そのことをしっかりと心に刻み、今を生きなければいけない。
心のまま、流れるまま
素直であることは、何も悪いことではないはず。
勉強しなければいけない、しっかり働いて稼がなければいけない。
そう思って、努力することは素晴らしいことだ。
ただ、それが誰かに植え付けられている価値観であるのなら、それは生き甲斐とはならないし、心で生きることなく、流れに逆らうことにもなる。
何のためにやるのか。
どうしてそれが必要なのか。
心のままに生きて、流れるように生きることは、本当はとてもシンプルなこと。
人は一人で生き、一人でその生涯を終えていく。
他人の価値観に流されているほど、暇ではないはずだ。
心に従って生きることが、本当の自由な人生なのだ。
シンプルに生きよう
他者から植え付けられる価値観は、決まって恐怖を与えてくるものだ。
しかし、そんなことは起こらないし、恐怖を原動力にした生き方は、どこまでも満足のいかない、幸せの感じられない生き方だ。
待っているのは、いつでも明るい未来で、笑顔の溢れる幸せな世界。
失った物、ないもの、劣っているもの、苦手なものを見て、補おうとする生き方やめるべきだ。
得た物、あるもの、得意なもの、好きなものだけを見て、それを大切にして生きればいい。
人生はシンプルなもので、もっと単純に生きていけるもの。
洗脳に染まり、情報弱者となってありもしない幻想を追いかけて、虚しさを感じながら生涯を終える人は沢山いる。
頑張る必要なんてない。
やれることをやって、できもしないことはやらなくてもいい。
好きなこと、楽しいことだけをやっていればそれでいいのだ。
武装しても何も変わりはしない。
私は私。
あなたはあなた。
生まれてから死ぬまで、何ひとつ変わることなどない。
肉体が形成され、やがて滅びていく。
ただそれだけなのだ。
もっとシンプルに、単純になろう。
目が覚めて、ごはんを食べて、働いて、寝て。
また目が覚める。
それ以外には、何も必要はないのだ。